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1998

October
October 15, 98 世界のサッカーとの出会い(1)
ヨーロッパのサッカーとの出会い

    ここのところ、毎晩のようにヨーロッパ・チャンピオンズリーグの試合をWOWOWで見ている。おかげで、ひどい寝不足に悩まされている。一昔前だったら、毎晩ヨーロッパのトップリーグのチームのゲームが見られることなど想像でもきない。あまりに頻繁に本場のサッカーがテレビで気軽に見られるようになったので、最近では試合を全部通して見る根性がなくなってきた。よく、ネットサーフィンしながら、試合を見ているほどだ。以前だったら、ヨーロッパの一流クラブの試合の放映があれば、深夜でもテレビの前に正座して待っていたものだ。最近では、PerfectTVとかDirecTVなどでは、欧州、南米各国のリーグも簡単に見ることが出来る。私は、まだWOWOWだけだが、もし他の衛星放送に加入してしまったら、サッカーを見るだけで、毎日終わってしまうかもしれない。と言うわけで、怖くて加入出来ない。でも、毎週南米サッカーが見れたら最高なのだが・・・・。

ダイアモンドサッカー

    こんなことを書くと年がばれてしまうが、私がはじめてヨーロッパのサッカーのゲームを目にしたのが、かの伝説のダイアモンドサッカーというサッカー番組だ。何年前に終わったか忘れてしまったが、私は小学校6年くらの時から、大学の頃まで見ていた。三菱グループの提供番組で、マイナーな競技であったサッカー、それもヨーロッパの本場のサッカーを見る機会を提供してくれる貴重な番組だった。私が中学生の頃までは、イングランドリーグのゲームばかり放送していた。当時は、水曜日?とかの夜10:30くらいからやっていた。その後、日曜日の夕方6時から放映されていた。毎回、試合のハーフを放映していたと思う。だから、月に2試合見れるわけである。当然真剣に見る訳だ。本当に唯一、海外のサッカーを知る機会だったのだから。ワールドカップの試合なんか、一年かけて全試合放映したりしていたくらいだ。

緑の芝と赤いユニフォーム

    私が初めて見たゲームはイングランドリーグのマンチェスター・ユナイティッドの試合だった。まだ、最初に見た時の光景は覚えている。緑の芝生のサッカー専用グランドが、印象的だった。今でこそ、日本でも冬に枯れない芝がJリーグレベルでは当たり前になっているが、当時の日本のグランドは、芝でも冬枯れてしまう芝が普通だったからだ。あの国立競技場だって、10年くらい前まで冬は芝が枯れていた。国立競技場は、トヨタカップが開催される競技場としても、有名であるが、ある年、見に行ったら、冬なのになんと芝が緑ではないか。なんと、テレビの中継を意識してか、ペンキで芝を緑に塗ったといううそのような本当の話もある。話がそれてしまったが、とにかく目にもあざやかな緑の芝の上で、プレーする赤いユニフォームのマンチェスターユナイティッド、これが私のヨーロッパのサッカーとの出会いだ。当時の私は、日本リーグの試合を閑古鳥の鳴くグランドで見ていたが、テレビで見るイングランドリーグの試合は、プレーの内容もスタイルも、まるで別のスポーツを見ているような錯覚に陥るほど差があった。本当にかっこいいと思ったものだ。

あこがれのジョージ・ベスト

    当時のマンチェスター・ユナイティッドには、ジョージ・ベストという北アイルランド代表のスーパー・スターがいた。ロックミュージシャンのような長髪としなやかなドリブルで天才児と呼ばれていたプレーヤーだ。昔のイングランドのサッカーは、今とは違って大きなクロスボールをゴール前にぼんぼん放り込んで、空中戦で競り合うといった"イングランド・スタイル"と呼ばれる独特のスタイルが主流だった。そんな中で、ジョージ・ベストのように、フェイントを駆使してドリブルで抜いていくプレーヤーというのは異色の存在だった。大柄なパワフルなDFをしなやかにかわす姿は、本当にかっこよかった。そういえば、私が最初に買ったサッカー雑誌は、今はないが"イレブン"という雑誌だった。なにを隠そう、最初に私が買ったイレブンの表紙を飾っていたのが、ジョージ・ベストだった。彼に影響されて、私もドリブル好きの持ちすぎ人間になって、チームメイトのひんしゅくを買うようになってしまった。しかし、その当時中学生の私は、まだまだ南米サッカーなど知る由もなかった。イングランド・リーグのサッカーこそ、世界のサッカーだったのである。次回へつづく。

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