日本サッカーの行方
サッカーが日本においてメジャーになって8年ほど経ち、海外で活躍する選手が出たり、ワールドカップに代表が出場するなど、日本のサッカーの発展は目覚しい。しかしここ最近ドメスティックな充実振りとは裏腹に、代表チームの成績は今ひとつだ。
自分が前回のコラムにも書いたが、対戦する国やその選手との背景(コンテキスト)の違いがやはり決定的に大きいと思う。それは日本人がコンテキストを持っていない、生きてきたアリバイがないというわけではなく、その自分自身を見つめる、振り返る視点がずれている、(その為肝心なところでの判断が鈍ってしまう。)技術や監督どうこうではなく、まず個人が何の為にサッカーをしているのか、そしてその次に自分が代表選手としてプレーしているこの日本という国はなんなんだ、ということがハッキリしていないというところに問題があるように思う。トルシェ監督の進退問題も加熱しているが、彼の言い分もかなり的を得ていると思う。協会も含めた根本的な構造の改革が必要な気がする。グランドやチームレベルでのプロ化はJリーグではかなり進んでいるが、そこを引っ張る協会が、自分たちの保身や面子だけで重要事項の決定をしていたら、いつまでたっても日本のサッカーは強くならない。
今必要なのは、サッカーにかかわるすべての人が、日本という国がそして個人がどの方向に向かうのか、それを全体に照らし合わせた上で自主的な意志のもとに探り出すこと。具体的には、この国そして世界ががどのような文化を持っていて、どういう歴史的背景の元に今日があるのかを検証し、その背景に自分自身を照らし合わせ、尚且つそれを超えてゆくようにすることが大切な気がする。
自分のいる位置、相手のいる位置、時間、自分のコンディションなどを的確に判断し自分のプレーを自らの意志で決定してゆく、これがサッカー選手にグランド上で求められる条件だと思うが、大切なことは、日本サッカーにかかわる人が同じような意思決定方法のもとにそこにいるかということだ。
これはあくまでも個人的な視点であることを前提として、現在の日本の位置、サッカーとは、という点についての解釈を述べさせていただく。