Masato's Football Diary/フットボール・ダイアリー
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Nobember 2, 99 がんばれ"青嶋先生"
  • 都田で見つけた懐かしい顔

    10月31日のJFL本田vs国士舘大戦、都田サッカー場のスタンドに青嶋文明氏の懐かしい顔を見つけた。青嶋氏は、ジーンズにジャケット、ネクタイ姿で登場。現役時代には、なかなか見られなかったスタイルだ。

    青嶋氏は、清水エスパルス、サガン鳥栖の前身である鳥栖フフューチャーズを経て、本田技研サッカー部のFWとして活躍、昨シーズンで現役を退いた。特に、本田技研がJFLで優勝を飾った1996年には、現在名古屋グランパスの日本代表FWである呂比須とツートップを組んで優勝に貢献した名FWだった選手だ。

     

  • 400人動員で、古巣へ恩返し?

    青嶋氏は、現在地元浜松で、カワイ体育教室スポーツクラスのサッカー講師として、週5日ほど幼稚園を回ってサッカーの指導をしている。この日は、青嶋氏が、教室の生徒とその父母約400名をスタンドに招待したのだ。

    この日の都田の観客動員は、なんと1,051人。JFLの現状を知らない人には、わからないかもしれないが、最近では滅多に1,000人を越える観客が入ることはない。

    このところ都田では、横浜FC戦などのゲームを除けば、600-700名の動員が普通という寂しい状況。ましてや、もう本田の優勝の可能性もほとんどなくなり、下位の国士舘大の対戦。

    そんな予想外の観客の多さの原因は、青嶋氏だった訳だ。古巣へのちょっとした恩返しといったところだろう。

 

  • 素敵な第2のスタート

    現役時代は、"強面"として知られた?青嶋氏だが、この日の青嶋氏は現役時代には見られなかった、とても優しい柔らかい表情をしていたのが印象的だった。子供たちからも、「青嶋先生、青嶋先生」と慕われている様子。人当たりも、格段に良くなったようだ。

    サッカー選手が現役でいられる時間はとても短い。現役を退いてからの時間の方が圧倒的に長いのだ。現役引退してからの進路は人それぞれだが、青嶋氏のような"第2の人生"も、とっても素敵だと思う。

    Jリーグの監督、コーチになるのも良いけど、Jリーグでスポットに当たるだけが、人生ではない。まもなく、今シーズンも終わると多くの選手が現役を退くことだろう。それぞれの選手は、青嶋氏のような素敵な第2のスタートを切って欲しいものだ。

    ちなみに、青嶋氏は現役時代は、テクニックというよりは力でこじ開けるような強引なプレーが印象に残っている。それほど、テクニックがあったようには思えないが、ちゃんと子供たちの指導は出来ているのかな?と余計な心配も頭をよぎる、というのは冗談、冗談。

    ぜひ、未来のJリーガーをたくさん育てて欲しいものだ。

 

  • 青嶋文明(あおしま・ふみあき)

    1968年7月12日、浜松市出身。清水商2年の時、高校選手権で優勝。U-18代表。ヤマハ発動機-清水エスパルス-鳥栖フューチャーズ-本田技研。現役時代は、左足の強烈なシュートを誇る、"ボンバー"との異名をとる。昨シーズンで引退。