Masato's Football Diary/フットボール・ダイアリー
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July 15, 99 小川岳文のサッカーコラム(第2回)
南米選手権での日本の戦いと、日本におけるサッカーの意味合いについて

    先日の南米選手権の模様をテレビで観戦しました。どの試合も点差抜きに完敗といった感じで、現在の日本サッカーの問題点が露呈した感じがしました。

    南米の選手に感じるのは、まずどの選手も胆が座っている、というかサッカーで生きて行くんだという決意のようなものがあるということです。そういった決意に支えられた技術、戦術はやはり観ているわれわれに感動をもたらすし、結果としてチームを勝利に導きます。

    南米の大体の国は、スペインやポルトガルの侵略を受け植民地となり、そこから独立する、ということが彼等のアイデンティティーとなっている様です。グランドに立っている選手の一人一人にサッカー選手であるということ以前に、人間として凄くドラマのようなものを感じ、色々な思いや生活背景があってグランドに立っているんだろうな−と、勝手に想像できてしまいます。酸いも甘いも噛締めたようなパラグアイのCBアジャラ、ガマラの二人に、日本が完封されたのはむしろ当たり前だと思います。

 

     

    今の日本の現状を考えると、今回の結果は当たり前というか仕方ないことだと思います。日本の選手を見回してもそういったドラマのようなものを感じさせる選手は皆無に等しいし、選手の顔を見てもみんな幼い(これは年が若いということではない)、ということからも、そういったことがうかがえます。

    今回の大会で可能性を感じたのは、伊東君、藤田君、名波君辺りでしょうか。

    伊藤君は技術的にもしっかりして、ジミではありますがポジションとかれのパーソナリティーがしっかりと調和した良い選手だと思います。

    藤田君に関しては、サッカー少年をそのまま大人にしたような、「このおれが南米選手権に出ちゃってるよ!」という声が聞こえてきそうな、なんか純粋な屈託のない感じが、好感が持てました。

    名波君に関しては、「未だ完全に自分を出しきっていない自分自身と、常に向き合っていて自分を見つめる直向さのようなもの」を感じます。はっきり言ってプレーに関しては、日本の司令塔としてはまだまだという感じがしますが、イタリアに行って帰って来たときが見物という感じがします。

 

 

    トルシェの采配問題や、協会の不備が今回の惨敗の原因として取り上げられていますが、確かにそういった面はあっただろうと自分も感じます。しかしそんな中でもやってゆくのがサッカー選手だろうと思います。監督とぶつかってでも守るべきプライドを守る、そういった自分自身に対する真剣さがやはり足りないのではないだろうか。

    ブラジル代表のレオナルドは、監督との対立から代表を辞退している。以前アルゼンチン代表のレドンドは、パサレラ監督に髪を切れといわれ、自分の髪と代表選手を天秤にかけ、自分の髪を取った。日本代表選手とのこの違いはなんなのだろう。

(小川 岳文)